2007年04月21日

「審判/THE TRIAL/LE PROCES」

「審判/THE TRIAL/LE PROCES」
1963年製作 仏/伊/西独
監督/脚本:オーソン・ウェルズ 原作:フランツ・カフカ『審判』 撮影:エドモン・リシャール 音楽:トマゾ・アルビノーニ
出演:アンソニー・パーキンス、ジャンヌ・モロー、ロミー・シュナイダー、オーソン・ウェルズ、エルザ・マルティネリ、シュザンヌ・フロン、マドレーヌ・ロバンソン、ミシェル・ロンズデール

フランツ・カフカの代表小説の一作で未完の『審判』をオーソン・ウェルズが監督/脚本を手掛け映画化されたサスペンスドラマ作品です。繰り返しになりますが、以前の投稿記事でスティーヴン・ソダーバーグ監督、ジェレミー・アイアン主演のサスペンス映画作品「KAFKA/迷宮の悪夢」を取り上げた際にも記しまようにカフカの小説には、非常に強く惹き付けられるものがあるものの、その実、良くわかってはいません。

ロケーションやセットの雰囲気や感じこそ1992年にカイル・マクマクラン主演でリメイクされているサスペンス映画作品「トライアル/審判」の方が原作を読んで感じるイメージに近い気はしますが、世界観は見事に映像化されている作品やに思います。空気感や雰囲気というよりも、虚無感、閉塞感、疎外感、無意な気もするもがき、あがき焦り、苛立、孤独、不安や息苦しい圧迫感、抑制・抑圧的にギリギリと神経衰弱に陥るという風でもない曖昧さに覆われたかのようなめくるめく目眩がする感じはします。お話にも空間描写にも見て取れる迷路のようなというか、歪みも幻想・幻夢・幻惑感な不可思議さは感じるものの、さして違和感なく受止められるのも興味深く魅惑的な気がします。

本作で何といっても印象的なのは、光と影を巧みに使った映像描写により醸し出される幻想・幻夢・幻惑感と、音楽、悲壮感、絶望感や美しさを漂わせるトマゾ・ジョヴァンニ・アルビノーニの曲『オルガンと弦楽のためのアダージョ』とスタイリッシュなリズムとテンポを与えるジャズの使い方で、(ヴァラエティーに乏しい感じはしなくもありませんが、)とても効果しているやに思います。"K"の逮捕時に賄賂を強要した刑事達が(事もあろうに)"K"が勤務する銀行の狭い用具室で鞭打ちの折檻を受けるシーンには滑稽さと嫌悪感、そして神経衰弱に陥るやの違和感と緊迫感を感じます。

ある朝突然に預かり知らず、明かされることのない嫌疑により逮捕されながら拘束もされず、状況にジワジワと追い詰められる主人公のエリート銀行員"ヨーゼフ・K"
をアンソニー・パーキンスは見事に演じているやに思います。ただどうしてもアルフレッド・ヒッチコック監督/製作の傑作サスペンス映画作品「サイコ」でのベイツ・モーテルの管理人の青年"ノーマン・ベイツ"役が頭の隅にちらついてしまうのも正直なところです。脇を固め彩る"K"の弁護士で病身の"アルバート・ハスラー"を演じるオーソン・ウェルズ、"K"の住むアパートに隣人で"K"が秘かに想いを寄せる踊り子"マリカ"役のジャンヌ・モローや"ハスラー”の看護婦で"K"を誘惑する"レニ”を演じるロミー・シュナイダーらも魅力たっぷりやに思います。

"K"はどこか虚ろに映り、自己の、世の曖昧さの中で曖昧な罪悪感に苛まれているやに感じられたりもします。アイデンティティーの曖昧さによるものなのか、コンプレックスによるものなのか...多くの人には知られることのない、支配者なのか、見られず、知られずに潜む恐怖なのかに付け入れられているのか...それとも正気と狂気の境界線で見る想像思考、幻想、仮想、憶測や妄想など倒錯により偶然に導かれ事実、真実行き当たってしまったのか....不条理の条理に呑み込まれ、絶望を悟り行く気がしたりもします。

ラストは壮絶感と虚無感を漂わせて感じます。

閉ざした(された)扉(通過できない門なのかしら)は...不条理な運命(世)の、もしくは運命(世)の不条理の始まりで終わりなのかしら...一体何が言いたいのでしょうか、私は。

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posted by ウォルター at 01:46| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 鑑賞映画について(外国映画) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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